“本当に”楽しいと思う方を選んできた

会社を辞めたタイミング

会社を辞める時、「辞めて大丈夫?」「何をやるのか決まってないの?」とまわりから散々心配されました。実際、次何やるかはまったく決まっておらず、正直、勢いで辞めたところもあります。

楽天と前の会社を合わせて10年ほど会社員として勤めていましたが、そもそも自由な家系に育ったこともあり、毎日同じ時間に出社して、同じ場所で仕事することに限界を感じていたのかもしれません。

そんな時に、母親の脳出血や父親の経済破綻、そしては妻の腎臓移植など、プライベートな事情もあって、度々平日に休みを取る必要が生じました。当時の上司はそんな私の事情にも配慮していただき、不規則な勤務状態にもかかわらず、仕事を信頼して任せていただきました。

しかし、今後会社員としてずっと続けていき、より責任のある役職につくとなると、このような働き方をするのは難しいとも感じました。会社としても、いつ休むか分からない人に責任ある仕事は任せられないと思いますし。そういったことが重なり、このまま会社員を続けるのはどうなんだろう?と考え、これ以上、会社員として上に行くのが難しいのであれば、不確定だけれど、自由に働き、自分で仕事を選べる状況を選ぼうと思ったわけです。それは、父親から受け継いだフリーダムな血を持つ僕にとってはすごく自然なことでした。

 

“志”は探しても見つからない

だから、僕は「何か事業を成し遂げてやろう」という大きな“志”があって辞めた訳ではありません。一方、多くの人は「会社を辞めるからには“志=やりたいこと”があるべき」と思っているのではないでしょうか。でも、実際には「志が見つかったら辞めよう」と考えている人の大多数が “志”を見つけられないまま悶々と無為な時間を重ねているように思います。

僕自身はというと、辞めた時には確信はなかったのですが、現在は“志”は探して見つかるというものではなく、これまでの延長先に“あるもの”と感じています。目の前のタスクや課題に真摯に取り組むうちにおぼろげに形が見えてくるものであって、ある日突然、神様からの啓示のように降りてくるものではないと思うのです。

会社にいてもいなくても、自分が持っている経験やスキルをいかして目の前の人の役に立つことで、自然と“志”を目指すことになるのではないでしょうか。だから僕の場合、会社を辞めることを決断したときも「できることをやろう」と思っていたので、“志”を意識せずとも何をすべきか迷うこともなかったのだと思います。

「決断が軽やかだよね」と賞賛とも揶揄とも取れる言われ方をされるのですが、あまり「決断には志が必要」と頑なに考えずとも良いのではないでしょうか。どこにあっても役に立つスキルや経験があれば、会社を辞めても(辞めなくても)道は続いていくのですから。

 

決断を早めた、多彩な価値観との出会い

起業する人の家族には自営業・自由業が多いと聞いたことがあります。僕も父がそうだったので、その影響を受けていることは否めません。でも、同時に不安定さも知っており、だからこそ会社に居続けるという可能性もあったでしょう。それでも「自由に働くこと」を強く求めるようになったのは、楽天で楽天市場(ショッピング)以外の事業部で様々な価値観に触れたことが大きく影響しているように思います。

楽天に入社して最初に配属された楽天市場では億単位の広告予算を任されるようになり、自分の影響力も大きくなった気がしていました。でも、あくまで会社のお金であり、額が大きくても仕事が同じだとマンネリ化してきます。勝手に新しいことをやろうとする僕と、確実な成果を求める上司の間にギャップが生まれたこともあり、新天地を求めて新規事業の社内公募に応募したのです。

まずマレーシアに3ヶ月間赴任して現地事業のマーケティング支援を経験し、戻ってから社長室直下の部署で新規サービスの立ち上げに関わりました。いずれも楽天市場と比べると規模は小さかったものの、事業全体に関われたのはいい経験になりました。さらに楽天市場にいた時とは異なる角度から「楽天」という会社を見ることで、会社全体を捉えることができました。

新規事業というと、誰もが手探りで協力し合いながら進むしかありません。だからでしょうか、メンバーは多彩な価値観を持った変わり者ばかり(笑)。この時に出会った人たちとは今も交流があり、僕にとっては大切な財産となっています。そして、彼らとの交流を通じて、大きな事業の一部を担うよりも小さくとも徹頭徹尾で関わる方が好き、完成したシステムを効率化するよりも新しい取り組みを試行錯誤するのが好き、という価値観も再認識することになりました。

 

有名な世界遺産より、友人の第一歩に興奮

楽天市場を出て部署が変わった時も、楽天を退職した時も、決断のタイミングでは必ず「自分が楽しいと感じる方」を選んでいます。「楽しい」というと、遊びやレジャーを想像しがちですが、それ以上になんらかの形で関わりたいという強い感情があるかどうかが大切でしょう。

マレーシアにいた頃、近辺の7〜8カ国を観光して回りましたが、僕には各国の違いがよくわからず、大きな感動はありませんでした。それよりも観光中に立ち寄ったカンボジアのシェムリアップで、楽天時代の友人が会社を退職してスパ施設を造るということで、その工事現場に立ち合わせてもらったことが、断然ワクワクしたのです。僕にとっては身近な人が会社を辞め、自分の力で一歩ずつ前に進もうとしていることの方が、世界遺産であるアンコールワットよりも、大きな刺激になりました。

自分の指向性や価値観を見直す機会はそうないと思いますが、時には日常から離れて自分の内側と素直に向き合う機会を持つことで、自然と「自分にとって本当に楽しい方」を選ぶ瞬発力が身につくように思います。